HIROMI そらをとぶ 

保育士 子どもが好き。音楽が好き。英語が好き。何が好き?

好きがつながって、お仕事のこと。保育。

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みなさん、好きなことはなんですか?やりたいことはなんですか?
自分のことを人にたくさん話してください。きっと何かにつながります。


保育士 


小学生のころから保育士になると言っていました。自分が幼稚園年長の時の先生が好きでした。かわいくてピアノが上手でした。
8歳違いの弟が産まれました。とてもかわいくて、夜寝るときにはいつも私に小さな体をぴとっとくっつけて、それが心地よくて。ぷにっとしたさわり心地も気持ちよくて。今でも赤ちゃんのさわり心地が好きで好きで、完全にフェチですね。
あまり他の職種には興味を示さず、そのまま保育士になりました。


2年間学びながら、たくさんの実習先に行かせてもらいました。
その中で一番心に残ったのが児童養護施設でした。他の場所とは違って子ども達がそこに住んでいます。毎日親元に帰っていくわけではありません。若くて、やる気満々で未熟な私は、深く考えずに、やりがいのある仕事に魅力を感じました。
何より、その施設で実習する中で、先生から、「あなたがいると子ども達が落ち着いて優しくなるね」と言ってもらったことが嬉しかった。子ども達が実習最後に「先生になってまた来てね」と言ってくれたことが嬉しかった。それでその場を就職先に希望したのです。


私が卒業する年にその施設の採用はなく、学校の先生からは他の保育所に就職をと言われましたが、私は児童養護施設でないと就職しないと言い続けました。そして1年間待つことにしました。1年間は乳児保育所で産休の先生に代わり働かせてもらいました。0歳の赤ちゃん、かわいかった~💕 あの抱き心地の良さ。新米で迷惑をかけつつも、うきうきな毎日でした。


その後1年たって、希望の施設に空きが出て声をかけてもらいました。
それからが怒涛の毎日。「ひとりの責任じゃないからね」「何でも相談してね」と言ってもらっていたけれど、自分でできる気がしていた。「休まないとだめだよ」「たくさん遊ばないとだめだよ」と言われたけれど、意味が分からなかった。


3年目には笑わなくなっていた。


1年目の母の日に子どもが書いてくれた手紙に「先生の好きなところは笑って話をするところ」と書いてくれた。
いつの間にか子ども達に笑って声をかけることができなくて。子ども達からの声掛けにも笑顔で対応することができなくて。自分が嫌で。一歩間違えば、私が虐待しかねない。そんな考えが浮かんだ。そして出した答えは、私のいる意味はない。


あんなにやりたかったお仕事を続けられなかった。子ども達に申し訳ないことをした。もっとやり方があったはずなのに、出来なかった。


辞めた時、私は自分の子どもは産まない。そう思っていました。もう子どもにかわいそうな思いはさせたくない。私には....


けれども、しばらく休んで毎日空を見ているうち、やっぱり子どもが好きだと、子どもがほしいと、思い始めました。年上の夫も子供を早めに望んでいました。それから私は2人の子どもを年子で産みました。かわいくて面白くてたまらない日々。


あの子たちにこんな風に接してあげられれば良かったのに。と今も思います。



それから子育てをしながらもお仕事をしたいと思っていました。まだまだ幼い子ども達。私にできる仕事はあるかな?いろんなお母さん達と話すうちに、私が料理をするのが好きと聞いて、グループホームでの調理のお仕事を紹介してくれました。私の作るごはんを楽しみに待ってくれているお年寄りの方々がいて、とてもやりがいを感じていました。でもやっぱりまたいつか保育士をしたいと思って、イベント託児を月に数回していました。ファミリーサポートにも登録して、障害のあるお子さんのサポートや病後児保育もしていました。


託児つきイベントを主催しているドコママさんと話す中で、今度は自分の好きな音楽と英語を使ったイベントをさせてもらえるようになりました。



現在は乳児保育所にて、週に数回赤ちゃんのお世話をしています。てくるんでの月に数回のイベントをもっと増やすことができて、お子さんや保護者の方が楽しんだり癒されたりできる場が作れるといいなと思っています。



児童養護施設に就職できたのは、学校の校長先生が1年間児童養護施設にお願いに行ってくれていたからでした。グループホームに就職できたのも、イベント託児をすることになったのも、人とのつながりでした。


自分の好きなことやりたいことを、たくさんの人に話ことで、仕事につながってきました。まだまだこの先やりたいことがたくさんあります。みなさんにどんどん伝えていきたい。


もっともっと飛べるように!