HIROMI そらをとぶ 

保育士 英語リトミック講師

facebook詐欺師から学んだこと

facebookを始めると
メッセージをくれた人が何人かいた

そのうちの1人は
イギリス人で日本で働いていて
虐待児についての記事を載せており
興味があったので返事をした

1か月弱
いろいろなメッセージのやり取りをしたあと
会いに行く
sexをしよう
と言われびっくりして
やり取りをやめた

けれどそんな彼から学んだことがあった

家族ってなに?
日本の女性って?
自立するとは?

20才で夫に出会い
22才で結婚した
25才で長男を授かって
27才で次男を授かった

43才の今
過去を振り返ると
たくさんの幸せと
たくさんの苦しみがあった

Facebookの彼とのやりとりの中で
今までのことを振り返りながら
気付いたことがたくさんあった
そしてこれからのことを考えた

今現在一番考えていることは
これから自分がどうしたいかということ
長男も次男もあと1・2年で高校を卒業する
この先は夫と私と2人に戻っていく

もう一緒にいられないかもと
今まで何度も思ったけれど
なんとか家族をしてきた

けれど先日夫から言われた言葉に
最後の糸が切れた

私が両家の介護の話を持ち出したとき
夫はこう言った
「あなたはもう結婚して家を出たのだから
両方の介護をする必要はない。」

それは、どういうこと?
私は夫の親の介護をするべきで
実の親の介護はするべきではない
ということ?

私の両親を大切に思ってもらっていないような気がしてショックだった
私としては今まで夫の両親にできる限りの心を砕いてきたつもりだったから余計に悲しかった

結婚するときに夫の父が夫のお金を持ち去り
結婚資金と新婚旅行の費用は
すべて私が用意した

夫の仕事の業界の状況が悪くなり
多額のお金が必要になり
私の貯金をすべて使った

夫の母が夫に秘密で
お金を貸して欲しいと言ったときも
私のお金を出した
なかなか返ってこなかった
さらに彼女が私の名義でお金を借りて
数年間一銭も返金していなかった時
督促状が届き
これ以上夫に秘密にするのは無理だと思い
初めてすべてを夫に話した

その時夫は
「結局おまえは金か!」
「余っとるならやればいいやろが!」
と私を罵った

夫にとってショックな出来事であろうことは
理解していた
夫がその時本当に言いたかったことは
違うんだろう
私を罵ることで自分を守ったのだろう

解ってはいるが
未だに悲しく感じることがある

私と子どもの為に必死で働いていた夫
事業を広げるためにも飲み会も多かった
帰りはいつも遅かった
帰ってきてもすぐにテレビをつけていて
私の話は聞いていなかった
頭の中はパンパンだったのだと思う

暖かい食事を用意したかった
揚げたての物を出したかったから
何時ごろ帰る?と電話した
「分からない。」
「早く帰らなければと考えて
プレッシャーを感じる。
聞かないで。待たなくていい。」

食事にはラップをかけて置いておいた

夫と一緒に過ごしたかった
日曜日にはいつも期待をしていた
けれど夫はお昼まで寝た後は
車を洗いに行ったり
お友達と飲んだり
趣味の楽器に時間を費やしていた

日曜日に家族で過ごせるかと聞いたら
「約束はできない。
突然の仕事の電話もあるし。
あなたをイライラさせたくない。
あなたもお友達との約束を優先したらいい。
お互いがそれぞれのことをして
余った時間が同じだったら一緒に過ごそう。」
そんな時間はないようだった

子ども達と過ごして欲しいとお願いすると
「忙しくて遊びたくても遊べない。」
「俺を理解してないからそういうことを言うんだ。」
と怒りぎみな返事が帰ってくるだけだった

できるだけ夫の負担になりたくなかったから
私の予定をカレンダーに書き込んだ後は
夫が一緒に出掛けようと
声を掛けてくれるのを待っていた

年末年始の仕事がない時も
飲みに出て家にいなかった
毎年作ったおせちをむなしく食べた
なんで1月1日から外へ飲みに出るの?と聞いたら
「あなたは狭い世界でしか生きてきていない。
世間を知らない。色んな家族がある。
正月から集まって飲むのは普通のことだ。」
と年末年始も友達と過ごしていた

私の両親は転勤族で
あまり周りに長年の親しい人たちがいなかった
父は週末を家族と過ごすことがほとんどだった
たくさんの場所に連れて行ってもらい
たくさん一緒に遊んだ
でもそれは普通のことではなかったんだと知った

年末年始も子どもと遊びながら夫を待っていた

なんとなく夫の行動がおかしいような気がした
けれど夫を疑う自分に嫌悪感を感じたりもした
信じたくないと毎日希望を持とうとしていたが
日常の空気がだんだん重く感じて
すべての色が消えて世界はグレーに見えた

夫に聞いたら「忙しいのにそんなことする暇があるか!」と叱られ
必死で働いている夫に申し訳ないことを言ったと反省した

ある日夫は不倫相手と私とを間違えて電話をかけてきた

電話口で夫は
聞いたこともないような優しい声で彼女の名前を呼んだ

驚いたがショックではなかった
むしろホッとした
夫のしていたことが判明して
気持ちはすっきりしていた
自分に嫌悪感を感じる必要はなかったんだ
と安心して
日常の色が戻ってきて
すべてがクリアに見えた

夫に離婚の話をしたら
「離婚するなら子どもにもあなたにも一生会わない。あなたはできる限り早く新しい夫を見つけて子どもを一緒に育てる必要がある。だから俺は二度と姿を現わさない。養育費は一銭も払わない。俺の金を当てにするなんて浅ましい。」と言われた

子どもにとって本当の父親はあなた1人だから好きな時にいつでもあって欲しいと言ったけれど夫の考えは変わらなかった

子どもから父親を一生奪うことなんてしたくなかったから離婚をやめた
「もっと子どもと遊んでおけばよかった。」とつぶやいた夫の言葉を信じたが
結局早く帰ってくることもなかった
子ども達と出かけることもあまりなかった

そもそも何年も続いていた女性関係を
隠して認めなかった夫
私の父を呼んで話をしたいと言ったら
本当は不倫をしていたと認めた夫
私の為ではなく子どもの為でもなく
私の父と話すのを嫌がって不倫をやめた夫

夫の母に相談した時には
「結婚して数年もたてばそんなものでしょう。夫がして欲しいこととあなたがしていることが違うのよ。」と言われた

結婚生活を続けると決めてから
子どもの為に少しでも関係を修復したいと思った
けれど体や心は拒否反応を起こしていた
夫の目を見るのがいやだった
夫と話すのが苦痛だった
夫と同じ空間に居るのを
なんとか耐えようとテレビを見た
「そうやってずっとテレビを見るのか?話すことはないのか?」と怒ったように言う夫

何年かの間は夫に抱かれるのが吐き気がするほど嫌だった
するのを拒否すると
「いつするんぞ。俺はいつもお前のしたいときに合わせんといかんのか!」と言うから涙を隠しながらした

夫には「気持ちが元に戻るのに時間がかかる。
私を扱うのに飽きたらそう言って欲しい。
他に好きな人ができたらすぐに言って欲しい。」と伝えた

あれから10年以上少しずつ少しづつ気持ちを落ち着け
共通の趣味だった音楽の話をしたり
子どものスポ小に一緒に熱を上げたりした
何とか家族をしてきた

でもやっぱり本当に私たちは家族だろうか?
と詐欺師の彼とのやり取りの中で思った
お互いを思いやるような言葉もほとんどない

メッセージの中で彼は
今日もいい1日を過ごしてね
今日はどんな一日だった?
今日の疲れをねぎらってねと言った

私は夫に
お疲れ様と言わない
本当に仕事だったの?
女の子と会っていたの?
と疑いだしたあの時から
ねぎらう言葉をかけられなくなった

私は今までの生活の中で
夫の両親が私のお金を使い込んだり
夫の事業がうまくいかなかったり
夫自身の金銭感覚が私とは大きく違い
お金に不安を感じ仕事を始めた
だが夫のプライドを傷つけたのか
「早朝に働くなんて体裁が悪い。」
と言われた

子どもが成長すると共にパートの仕事を増やした
家事仕事育児勉強と忙しくしていてるのは好きだったが
夫の会社の書類を家に持ち帰って年末の休み中にしていたら
「年末の休みにまで仕事されると落ち着かない。」
「そんなに忙しくなるほど外で働いてくれと頼んでいない。」と夫の機嫌を損ねた
お互い頑張ってお疲れ様と言うこともない

家族って何だろうか?
安心して休める場所を作りたいと思っていた
お互い信頼できるパートナーでありたいと思っていた

でも実際はお互いに気を使う間柄で
お互いを尊敬できるかというと難しい時もあり
お互いの為のベストのパートナーとは言えない

たくさんの思い出を一緒に作りたかった
毎年花見へキャンプへ果物狩りへ雪山へ
すべて1人で連れていった

今の生活はとても充実している
夫から「世間を知らない。」と言われ
「お互いそれぞれ過ごそう。」
と言ってもらったおかげで
もっと周りを見てみようと思った

いろんな人との関わりを持つようになり
世界の人と繋がることもできた
大好きと言える仕事も見つけたし
大切な友達もいる
早くに結婚して年子を育ててきて
もうすぐ終わる
この先したいことがいっぱいある

詐欺師の彼は
私の今までの人生の話を聞いて
日本の家族のかたち
日本の女性の自立についての意識
などについて意見をくれた
パートナーとは本来どういったものなのか
を思い出させてくれた
そして彼は私の夢を聞いた

私はこの先のまだまだ続く人生の中で
夫にとって安らげるそんな存在ではあれない
自分の人生のための時間を優先してみたいと思っている

昔夫の子ども時代のあまり良くない家族関係を聞いた
私が母の日のプレゼントを買うのを見て夫も自分の母に初めてプレゼントを買った
プレゼントを受け取って涙した夫の母を見て
夫は黙っていた
お母さんはあなたのことが好きだよと言うと
何も言わず何かを考えていた

結婚して初めてのお正月に夫の祖母と両親と妹が来てくれたけれど誰もほとんど口を開かなかった
あれから20年の年月の中で夫の家族が少しずつ集まって笑って話すようになった
子どもの頃の溝を埋めるように今時間を一緒に過ごす彼らを見てほっとする

でも夫が子どもの時は夫と母は離れて暮らしていたり
父はギャンブルをしていたり人のお金を使ったり
複雑な生い立ちから夫が背負ってきたものは重く
それゆえに必死で働いて友達におごったり高い車を買ったりお祭りや子どものスポ小に何十万も寄付をしたりし

子ども達にも物を買うことで
親としての役割を果たしているのかもしれない
お金の心配をして働く私に嫌な顔をするのは
甲斐性なしの父親とは違うんだ!
という思いがあるのだろうか?
外で働く母親に家にいて欲しかった
という思いがあったのだろうか?

何の不自由も不安も感じることのない穏やかな子ども時代を過ごした私に
「世間知らず。」
「俺を理解していないから。」
といつも言っていた

でも最近気がついた
私だけではなく
彼も同じように偏った家族のかたちで過ごしてきて世間知らずで
どちらが正しいということもどちらが普通ということもなかった

夫は自分の両親との関係を修復し良い時間を過ごしているし夫の両親の介護を優先して欲しい気持ちは分かる

けれど夫が自分を守るために吐いた暴言の数々に未だに傷ついていて
この先も夫の気持ちを汲み取ってやっていくには不安が大きすぎるし
いろいろなことに疲れてしまった

夫が不倫をやめたけれど
私は夫へ笑って話すことがなかなかできなかった
いつも夫の前で笑っていた私はいなくなってしまい
「俺は不倫したけど、お前がしていることは俺と一緒だ!」と怒られた意味が未だに分からずいて

でももういつからか
何をどうして話しても
私を責める言葉しか返ってこないような気がして
話し合う気力さえ失ってしまった

今は夫はお金を稼ぐ人で
私は家政婦のように家事や育児をする人で
お互いが違う世界を生きていて
家族ではなくて
同居人というのがほんとうにぴったりの私達

この先はもっと
お互い自分自身の為にすべてを費やしたり
夫ももっと優しく寄り添ってくれる人を見つけて
幸せになって欲しいなと思う
というのが私の今のところの本音

そして私の未来は幸せなのか
苦しみなのか分からないけれど
やるだけやってみたいなと思っている

facebookの彼はよく投資の話や寄付の話もしていてたぶんそのうち私にお金を出すように話をしてくるんだと予想していたけれど
なぜか「会いに行きます。」「sexをしよう。」と言い
私が困りますと言うと「あなたと私は親友になれると思ったのに」と言いわけの分からない最後になった

けれど彼とのやり取りの中で私はいくつかの言葉に救われ考えを整理し自分の未来を考えてみることができた

もちろん夫にもたくさん感謝している
夫のお陰で息子達の育児に集中できたし
自分の世界を広げて道を見つけることができた

彼も夫もこの先幸せであって欲しいなぁ
私も